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TMRI ColumnNo.20

北海道新幹線が創り出す新たな人流

2016年3月に北海道新幹線が開業しますが、航空路線との競合で厳しい局面も予想されます。本コラムでは、北海道新幹線を活かすためのヒントを探ります。

北海道新幹線

(出所)北海道公式ホームページ

2016年3月26日に北海道新幹線(新函館北斗~新青森)が開業します。1973年に整備計画が策定されてから40年余り、2005年の工事着工からは10年余りで開業にこぎつけることになります。既に発表されている新函館北斗~東京間4時間2分という所要時間や、1日あたり13往復(注1)という運行本数については地元を中心に期待外れとの声が上がっていますが、これらは現状や物理的制約を踏まえて決定されたものであり、やむを得ない面もあります。現在、函館と東京の移動は、航空機かJR(在来線+新幹線)という選択になります。その乗り物に乗ること自体を目的としていないのであれば、どちらの交通手段を選択するかはコストと所要時間のバランスで決定されることになります。筆者は函館出身でこれまでに何度も同区間を往復してきましたが、例外なく航空機を選択しています(唯一、中学校の修学旅行で上京した時は青函連絡船とJRを乗り継いできました)。こうした選択は、新幹線開業後に変化するのでしょうか。カギとなるのは、やはり「コスト」と「時間」ではないかと思います。

まずコスト面です。現状の片道運賃を比較すると、航空機は1~3万円(搭乗時期・購入時期により異なる)、JRは通常2万円弱となっています。筆者の周囲にいる利用者の声を聞くと、航空運賃が1~2万円であれば、多くの人は迷わず航空機を選んでいます。正月やお盆など繁忙期の搭乗や、直前購入を余儀なくされる場合などは航空運賃が跳ね上がるため、JRも選択肢となってきます。特に家族など多人数移動になると航空運賃アップのインパクトが大きくなるためJRを選択するケースが増えるようです。開業後の新幹線運賃(新函館北斗~東京の普通指定席)は22,690円と発表されていますが、各種割引制度の導入などで実質的にどの程度の水準に落ち着くのか注目されています。

次に所要時間です。一般に空港は市街地から離れたところに設置されるため、航空機利用の際にはフライト時間に加えて、空港へのアクセス時間が必要となります。そのため、たとえフライト時間が短くても、所要時間4時間までは新幹線の方が選好されるという、いわゆる「新幹線4時間の壁」というものが存在しているとの研究結果もあるようです。函館駅から東京駅への移動を考えた時に、所要時間については航空機が3時間程度(実質フライト時間は1時間半)であるのに対し、新幹線開業後でもJRの所要時間は約4時間半となり、航空機が優勢なのは変わりません。函館駅から新北斗函館駅までシャトル電車で約20分必要となる一方で、市の中心部から約9kmの場所に位置する函館空港は非常にアクセスが良い空港として知られています。2030年頃に札幌延伸するまでの間、新幹線利用者の大多数が函館市内を起着点とすることが予想されていますが、新幹線のメリットであるアクセス面でのアドバンテージがほとんどない状態で闘わざるを得ない新幹線にとっては厳しい状況が続きそうです。札幌延伸時の効率的なルートを採用するためには致し方なかったのでしょうが、函館市内に新幹線駅を設置できていたら新幹線の競争力は格段に高まっていたと思います。

北海道旅行時の利用交通機関希望(居住地別)

表 北海道旅行時の利用交通機関希望(居住地別)
(出典)北海道商工会議所連合会調査報告書(注2)

函館・東京間の移動を考えるとコスト・所要時間とも劣勢に立たされそうな北海道新幹線ですが、プロジェクトを失敗に終わらせないためにはどうしたらよいのでしょうか。その方策を考えるにあたり興味深い調査結果があります。「北海道へ旅行する際に利用したい交通機関」を尋ねたところ、新幹線を利用(含む片道利用)したいと考えている人が北関東で8割近くもいたということです(表)。さらに、埼玉(大宮)で同じ調査を行うと、その割合は9割に達したということです。旅行目的のため旅情を楽しめる陸路を選んだ可能性があり、ビジネス目的の場合は違う結果が出てくるかもしれませんが、いずれにしても北関東や東北に居住する人は北海道新幹線利用の潜在ニーズが高いことが読み取れます。

もうひとつのデータとして、経済産業省が公開している「地域経済分析システム(RESAS -リーサス-)」で、函館市に短期滞在する人(=短期流動人口)がどの地域から来ているのか調べてみました。

RESAS分析結果

図 RESAS分析結果
(出所)経済産業省

1日平均で東京都から300人程度なのに対し、青森県1300~2100人、岩手県200人、秋田県200人と北東北からの人流が生まれていることが分かりました(図)。北海道と東北・北関東との物理的距離は新幹線開業で大幅に縮まりますので、人口移動を活発化させられる可能性があります。

北海道新幹線の意義を高めるポイントのひとつには、「新しい人の流れをどう作るか」ということがありそうです。但し、新幹線が開業するだけでは人流に大きな変化は生じないでしょう。北海道新幹線という新たなインフラを函館から東京までの単なる移動手段として利用するだけではもったいないと思います。2点を結ぶ線として考えるのではなく、その間に多くの自治体が存在していることこそが、北海道・東北新幹線のあり方を考える本質なのではないかと考えます。これまではアクセスが悪く、大きな注目を浴びてこなかった「モノ」や「コト」を、新幹線開通で多くの人々に届けることができる、そんな千載一遇のチャンスが目前に迫っているのではないでしょうか。そのチャンスを活かすも殺すも自治体と住民の熱意にかかっています。インフラは整ったので、あとは知恵と工夫を総動員して、地域の活性化に繋げていかなければなりません。

執筆者主席研究員 渡辺 宏一郎

<注釈>
注1 運行本数:
開業当初は「はやぶさ」が新函館北斗~東京間10往復と新函館北斗~仙台間1往復、「はやて」が新函館北斗~盛岡間1往復と新函館北斗~新青森間1往復の運行となる。その他に臨時便が3~4往復程度季節運行される予定とのこと。
注2 北海道旅行時の利用交通機関希望:
北海道商工会議所連合会が2015年11月13日~15日にJR東京駅で行ったアンケート調査。回答者数746件で、居住地分布は東京都内49%、南関東29%、北関東13%など。北海道旅行経験者は全体の88%で、経験者の87%が再訪希望とのこと。同様の調査を2015年10月29日~30日にJR大宮駅(埼玉県)でも実施。
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