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研究員ブログ

TMRI ColumnNo.5

高齢者コミュニティの新しい姿(後編)

前回、日本でも新しい「高齢者コミュニティ」を検討すべきであり、その一例として「アクティブシニアタウン」に注目したいと書いた。今回は海外のアクティブシニアタウンの事例を紹介するとともに、日本で展開する場合の課題も挙げてみたい。

日本における居住者を高齢者に限定したコミュニティづくりは、特定の施設内を対象とした小規模なものにとどまっています。一方、米国に目を向けると、高齢者を中心としたアクティブシニアタウンが数百も存在しており、その先駆的な取組みとしてアリゾナ州サンシティがあります。この街は1960年に不動産会社デル・ウェブによって開発が開始された人工都市[1]であり、現在の人口は4万人弱、総面積は37.8km2(江東区や葛飾区と同規模)に達しています。住宅やマンションに加え、図書館や映画館などの娯楽施設、ゴルフ場やテニスコートなどの運動施設、さらに教会やレストランに至るまで、生活に必要な機能はほとんど網羅されています。街中の移動には自家用ゴルフカートを使うため、安全性も高いと言えます。

アリゾナ州サンシティの全景

アリゾナ州サンシティの全景(撮影 Kevin Igo 氏)

サンシティは世帯主が55歳以上、もしくは55歳以上の人と同居することが居住の条件となっています。加えて、55歳以上の同居人があっても、19歳以下の若年者は3カ月以上滞在することはできないという厳しい運用がなされています。子どもがいないため学校税[2]は不要で、また非行政コミュニティであるため市税の徴収もないという経済的なメリットがあります。税負担が少ない代わりに、街中の清掃やパトロール、救急・消防活動など住民が自ら行わなければならないことも多く、対価を得ているものの、街にあるレストランや映画館などの施設で働くのは高齢の住民が中心です。

一見すると、高齢者にとっては負担が大きそうだと思われるかもしれませんが、実はこうした社会への参加が生きがいになっているのではないでしょうか。さらに、ダンスやスポーツなどのサークル活動が数多く実施されているため住民同士の交流が大変盛んであり、近在するアリゾナ州立大学と連携し生涯学習の場も確保されている。サンシティには未成年の定住は認められていないものの、格安でさまざまな施設を利用することができるために休暇でこの街を訪れる住民の子どもや孫は非常に多く、世代間の交流も十分に図られているといいます。まさに健康な高齢者が快適に老後を暮らせる街であると同時に、心身両面の健康を維持促進できる環境だといえるのではないでしょうか。

日本と米国では、自治体の法的性格や高齢者福祉制度が異なっているため、米国モデルのアクティブシニアタウンをそのまま導入することはできません。さらに、自治体が高齢者を優遇し過ぎるという批判への対応や、莫大(ばくだい)な開発費の確保と事業主体の選定などさまざまな課題があり、ハードルは低くありません。しかし、特区制度を活用するなどの工夫によって、十分検討の俎上には載せられると思います。世界で最も早く高齢化が進行する日本が、アクティブシニアタウンなどの新たな高齢者コミュニティのあり方を実証しながら模索し、成功モデルを生み出して世界に示すことが今必要なのではないでしょうか。

執筆者主席研究員 渡辺 宏一郎

<注釈>
  1. デル・ウェブはサンシティを含め全米で8カ所のアクティブシニアタウンを開発し、現在の総人口は約10万人。
  2. 米国の学校税は、学校の運営に利用するため、学区に居住するすべての人が、子どもの有無に関わらず支払うのが一般的。税率は学区や街によって異なる。課税額は居住する家の価値で決まることも多く、高齢者にとっての負担感は相対的に大きい。