To Be a Good Company

研究員ブログ

TMRI ColumnNo.8

人流を生み出す重要性
~地方創生の現場から(1)熊本県荒尾市~

5月中旬に熊本県荒尾市を訪ねる機会がありました。近県にお住いの方以外は「荒尾」と聞いてもイメージが湧かないかもしれません。人口5万4000人の荒尾市は、五木寛之の小説「青春の門」の舞台のひとつとしても知られるように、炭鉱業で栄えてきました。

熊本県荒尾市の位置

1997年の三池炭鉱閉山後は他の炭鉱町と同様に人口減少や離職者対策に腐心してきましたが、現在では合計特殊出生率(2008~2012年平均)1.70と、全国平均1.38を大きく上回っています。その結果、近隣自治体に比べて人口減少率は低く、最近では人口も横ばいとなっており、閉山の影響は最小限に抑えられていると言えます。今回、市長や市職員の方々へのヒアリングを通じ、街を「死に体」にしないためには「人流」、すなわち人の移動を創り出すことが欠かせないのではないかと考えました。人の流れは血液と一緒で、循環することで新陳代謝を促し、活性を維持するためには最低限必要なものです。荒尾市には次のような「人流」が存在しています。

①隣接自治体との人流
北隣にある福岡県大牟田市とともに炭鉱業で発展してきた歴史的背景により、一体化した人口集中地区を有する両市間で通勤・通学する人は非常に多く、荒尾市をみれば、就業者の27%、通学者の24%が大牟田市に行っている状況です。
ゴミ処理を共同で行うなど自治体同士の関係も深いことから、越境合併を望む声も多くあるとのことですが、実際にひとつになるかどうかは別として、近接自治体と一体的な運営・役割分担を行うことは、各々の自治体が共倒れせず、生き残っていくための有効な手段になり得るのではないでしょうか。
②市内の人流
もともとは市営で、その後民間が運営しているバスネットワークは市内大部分を網羅しています。山間部をカバーする予約型乗合タクシーを組み合わせることで、住民の移動利便性は確保されていると言えます。市内に商業の核となる大型ショッピングモールがあるほか、医療施設・スポーツ施設なども充実していることから、暮らしやすさを評価する声は多く、近年は宅地開発やマンション建設も盛んになっています。
荒尾市の市域は東西10km・南北7.5kmの長方形で、面積は世田谷区とほぼ同じくらいですが、このくらいのコンパクトさが、住民全体に目を行き届かせ、しっかりとした行政サービスを行う規模の限界かもしれません。市職員の方々も同様の感触を持っていました。
青研店内の様子

青研店内の様子

③コミュニティ内の人流
大型店が発展する一方で、近隣商店が少なくなり買い物がしづらくなった住民(主に高齢者)のために、商店街の空き店舗を活用して、地場農家の野菜や加工品を販売したり、ワインづくりを行ったりする施設「青研(青空研究室)」が商店街有志5人により企業組合として設立されています。
本業は金物店店主の弥山代表理事によれば「設立から10年目を迎え、売上げは頭打ちだが、商売を拡大するというよりコミュニティを強化することに主眼を置いている」とのこと。実際、半径200mを商圏(徒歩圏マーケット)とし駐車場すら用意されていないのですが、平日の午前中に30分ほど滞在している間にも、地域のお年寄りがひっきりなしに来店していました。安くて新鮮な野菜だけではなく、店員とのおしゃべりもお年寄りにとっては重要な来店目的だそうです。
このような小単位のボランタリーな取組みが地域横断的に発生することで、街全体のコミュニティ力は強化されるのでしょう。取組推進につながる補助制度や施策を自治体が提供できれば効果的ですが、荒尾市のように、市職員の方が住民の活動にアドバイスをしながら、一緒になって知恵を出すだけでも取組みは前進していくはずです。
有明海(荒尾干潟)の夕日

有明海(荒尾干潟)の夕日

④観光による人流
荒尾市は高速道路、バス、JR(新幹線・在来線)、フェリーなどを利用しやすい交通の要衝に位置しています。その効果もあり、観光入込客数(2011年)は 234万人に達しています。アトラクション数日本一の遊園地「グリーンランド」のほか、日本一の面積を誇る荒尾干潟(ラムサール条約登録湿地)、世界遺産 への登録が近づく「万田坑」など観光資源は豊富で見どころは数多くあります。
しかし、そうしたコンテンツの認知度向上や活用は十分といえない状況であり、環境を整えることで集客力がさらに高まることが期待されます。市職員の方もそうした問題意識を持っていましたが、長年その地に住んでいると本当の魅力に気付かなくなっていると嘆かれていました。

地方創生という課題に取り組むにあたって「問題点を見つけ改善する」というアプローチも重要ですが、外部の視点で「真の魅力を掘り起こし活用する」というアプローチも楽しく夢があると思います。人の流れは知恵と工夫があれば生み出すことができます。その材料となるネタは、どの街にも眠っているのではないでしょうか。

執筆者主席研究員 渡辺 宏一郎