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研究員ブログ

TMRI ColumnNo.14

実効性ある移住のあり方を考える
~地方創生の現場から(3)北海道函館市~

北海道函館市といえば、100万ドルと称される夜景や新鮮な海の幸が溢れる朝市が想像され、一度は訪れてみたい観光地のひとつではないでしょうか。その函館市では、北洋漁業の衰退などにより長らく人口が減り続けており、今後も減少には歯止めがかからないとみられています。

函館市の夜景

日本創成会議が2014年5月に公表した将来試算において、同市の2040年の総人口は2010年比42.2%減の約16万人とされ、ピーク時(1980年・約35万人)と比べるべくもない水準となっています。人口がおおむね20万人以上で政令指定都市に準じた事務範囲が移譲されている「中核市」45市の中で総人口・若年女性の減少率が最も高く、「消滅可能性」も現実味を帯びてくるかのような状況です。
日本創成会議は2015年6月に「東京圏の高齢者を地方に移住させる」という提言も公表しました。函館市も移住候補地のひとつとしてリストアップされています。「『楢山節考』の姥捨て山のようだ」との批判が多くの自治体から噴出していますが、函館市も「高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らせるようにするのが基本的な考え方」とし、高齢者の地方移住には否定的な考えを示しています。

人口減少に直面する地方都市として注目を浴び、いわば「最も危機的状況にある」函館市が、悲観的なシナリオに対してどのように感じているのか興味があり、(あくまでも個人的な見解として)同市職員の方に話を伺ったところ、意外にも悲壮感は感じられませんでした。夜景と朝市という両方楽しむためには宿泊が必要となることから宿泊率が6割超に達していること、現状で約1割を占める外国人観光客が、国際定期線増便によりさらに増加が期待されること、そして来春に控える新幹線開業により本州方面からの観光客増加が期待されることなど、観光面で交流人口増加につながる明るい材料が多いことがその背景にあるように見受けられました。

一方で、定住人口の増加については苦心されているようすがうかがわれます。函館市は、夜景で有名な函館山の麓に位置する「西部地区」から発展が始まりましたが、市街地拡大や周辺町村との合併に伴い市の中心部は移動し、西部地区の人口は徐々に減少してきました。同地区には異国情緒ゆたかな建物がたくさん残されていますが、その多くは所有者の高齢化や空き家化により、維持が困難になっているそうです。観光資源でもある歴史的建造物を活用し、街の活力を取り戻そうと、市では同地区の一部(120ha)を条例に基づき景観形成の方針や行為の制限を厳格に定めた「都市景観形成地域」に指定しました。歴史的な町並み景観を積極的に保全・誘導する方針を打ち出し、次のようなサポートを行っています。

  • 土地・建物の利活用相談
  • 空き家の利活用などに関するアドバイスをする専門家の無料派遣
  • 景観形成指定建築物などの伝統的建造物の所有あっせん
  • 指定建造物に対する購入・維持・管理費用の補助

函館市のウェブページをみると、1909年(明治42年)築や1913年(大正2年)築といった物件が、新しい所有者を募集するという形で掲載されています。また本コラムを執筆した2015年7月現在、最後に挙げた費用補助では、外観修理費用の4/5以内(600万円限度)、防寒改修費用の4/5以内(160万円限度)、融資額3000万円までの取得費利子補助など、他の自治体と比べ非常に手厚い内容になっています。(例えば神戸市の2015年度の補助事業では、指定エリア内の建物を整備する場合の限度額は500万円ながら、助成率は1/2~1/3にとどまっています。)
実際にこうした補助を受けて移住する人が生まれるなど、一定の政策効果を上げていると言えますが、これだけ手厚い補助を行っていても、当然ながら人口減少を補う、あるいは緩和できるほどのボリュームで定住者が増えているわけではありません。

考えてみると、日本の総人口が減少する中での定住者獲得競争は自治体間で人口を奪い合っているだけのことで、日本全体からみるとナンセンスな話かもしれません。そこで視点を変えて、奪い合うのではなく、自治体間(特に首都圏と地方の間)で人口をシェアするという考え方を導入していくのはどうでしょうか。複数の居住地を持つ「マルチハビテ―ション」という概念が広がれば、地方に完全移住するほどの精神的なハードルはなく、移住をもう少し気楽に捉えることができるようになると思います。それだけでも地方の活性化は一定程度推進されるでしょう。首都圏居住者を想定した場合、気候・環境が現住地と大きく異なり、アクセスが良い地域ほど、マルチハビテ―ションの対象地域として魅力が高まるでしょう。その意味で函館市のような地方都市は格好の候補地かもしれません。

しかし、マルチハビテ―ション普及のためには多くの課題がありそうです。例えば、住民登録のあり方を見直して住民税を複数自治体に配分する仕組みを導入する、複数居住地での勤務やテレワークを活用した働き方が選択できる、義務教育期間に複数の学校でシームレスに授業を受けられる体制をつくる、などライフスタイルを大変革するような社会の仕組みづくりが必要となります。ICTを活用したり、ふるさと納税制度を手直ししたりすることでクリアできる課題もあるかもしれませんが、いずれにしても新しいライフスタイルが社会に定着するまでには長い時間が必要です。
自治体・企業などが個々に変革を追求しても最終的な調和がとれる保証はありません。個々のプレイヤーが競争し合うことも大切ですが、無秩序な競争は必ずしも良い結果を招きません。政府が主導して新たなライフスタイルのグランドデザインを描き、その下で各セクターが競争し、変革を積み重ねていくことが重要なのではないでしょうか。

執筆者主席研究員 渡辺 宏一郎