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セミナー

2016年度自然災害リスクセミナー

自然災害研究の最前線
ー首都圏の水災リスクと企業に求められる対応ー

2016年11月7日、東京・大手町にて自然災害リスクセミナー「自然災害研究の最前線~首都圏の水災リスクと企業に求められる対応~」を開催しました。昨年の関東・東北豪雨ならびに今年の7月以降、立て続けに日本に台風が上陸したことなどによって、より現実的に感じられるようになった水災リスクをテーマとしていたこともあり、本セミナーに高い関心をお寄せいただき、約300名の方々の参加を得て、大変盛況なセミナーとなりました。以下では、セミナーにおける各講演の概要についてご紹介します。

開催日時・会場

会場の様子
  • 日 時
    2016年11月7日(月)13:30〜17:00
  • 会 場
    大手町サンケイプラザ4階ホール
  • 主 催
    東京海上日動火災保険株式会社、株式会社 東京海上研究所

講演等の概要

開会挨拶
東京海上日動火災保険株式会社 取締役社長 北沢 利文
講演①気候変動に伴う台風・水災リスクの現状と将来変化
名古屋大学 宇宙地球環境研究所 教授 坪木 和久 氏
坪木 和久 氏

講演内容

気候変動、地球温暖化に伴って台風のリスク(暴風、豪雨、高潮)がすでに年々増大しており、今世紀後半にかけてさらに台風リスクの増大が予想されているということを、過去の台風の再現実験や最先端の研究成果、シミュレーション動画を交えて、気象学の専門家の視点からわかりやすく解説頂きました。
講演のポイントは以下の通りです。

  • 昭和9年に寺田寅彦が記した「天災と国防」の中には現在でも非常に示唆に富む内容が書かれている。その一つは、日本はその地理的位置が極めて特殊であるために、気象学的、地球物理学的にもきわめて特殊な環境の支配を受けていて、特殊な天変地異に絶えず脅かされていなければならない運命のもとに置かれているということである。これは地震や火山だけではなく、台風や梅雨、温帯低気圧、前線といったさまざまな激しい気象をもたらす現象が中国大陸、ユーラシア大陸の東側に位置する日本で発生しやすいということを言っている。
  • スーパー台風ハイエンがフィリピンに上陸したときの映像は、日本でも非常にたくさん放映され、スーパー台風の被害がいかに甚大であるか印象付けられた。この映像を見たとき、これは日本の今世紀後半の将来の姿だと感じた。
  • 現在の気候では北緯25度付近がスーパー台風の到達緯度なので、沖縄ぐらいまでは現在の気候でもスーパー台風が到達しているが、本州、四国、九州といった地域までは到達していないのが現状である。それが今世紀後半になると、日本の本州付近にまで到達すると予想されている。このような研究の結果から、中緯度の台風リスクが増大していることがわかる。
  • 過去のデータの解析から、最も強いクラスの台風の数は年々増えており、今後についても将来にわたって最も強いクラスの台風の数が増大していくという予測がなされている。ただし、台風全体の数は将来減るという予測になっている。
  • 地球温暖化の大きな問題は、気温が上昇することに加えて大気中の水蒸気が増加することである。大気中に含める水蒸気の量(飽和水蒸気量)は気温が高ければ高いほど大きくなる。そして、現在の気温である20℃~30℃付近における飽和水蒸気量は、気温が少し上がるだけで急激に上がる温度領域にあるため、気温の上昇に伴い、大気中の水蒸気の量も急激に増大することを意味する。一方、気象学では水蒸気は熱エネルギーと同じものであると考える。つまり大気中の水蒸気が増えるということは熱エネルギーが増えるということであり、熱エネルギーが増えれば、それだけ熱エネルギーを使った激しい現象が起こり得るということになる。そういったものを極端現象というが、局地的豪雨や台風、干ばつ、竜巻といったものが増大するのは、このように考えると非常に自然なことである。
  • そのほかに、地球温暖化は海面水温や海中の温度も上昇させる。海が暖まるとそれにより海水が膨張し、さらに陸上にある氷河あるいは氷床といったグリーンランドや南極にある氷が溶けて海水量が増大し、海のレベルが上がっていく。かつて縄文時代、関東平野は縄文海進と呼ばれるものによってかなりの部分が海の下にあったが、そういったことが将来起こる可能性が非常に高い。地球温暖化は海面の上昇と低地の減少をもたらす。
  • 人によっては、地球温暖化というけれども今から2℃、あるいは3℃上昇したって過去にはもっと地球が暖かい時期があったじゃないかと言う人がいるかもしれない。確かにそのとおりで、地球は過去、今よりもはるかに温度が高い状態があった。けれども、人間活動によってもたらされる地球温暖化の問題は何℃上昇するかという温度ではなく、それに到達する早さ、気温の上昇率が問題となる。たとえば千年1万年かけて2℃上昇するのであれば、地球に生きていく生物は対応できるのだが、たかだか100年で2℃、3℃と上昇すると、人間や生物はそれに追いついていけない。つまり、地球温暖化の問題の本質は、温度の上昇速度が、かつて地球が経験したことのない速度ということである。
  • われわれの行ってきた雲解像モデルを用いた実験では、今世紀後半の温暖化するような気候では、最も強い台風は850~860hPa、風速80~90mに達することが予測されている。このような台風が上陸した場合は非常に重大な災害がもたらされる。日本を含む中緯度では、温暖化の進行とともに台風のリスクがさらに増大することが予想されるので、こういった台風や高潮に対する防災対策を、現在から長期的な視野に立って行う必要がある。
講演②首都圏が抱える水災リスクとその対応
国土交通省 関東地方整備局 河川部長 朝堀 泰明 氏
朝堀 泰明 氏

講演内容

首都圏が歴史的にどう形成され、どのような水災リスクを抱えているか、そして、そのリスクに国土交通省はどのように対応し、どこまで対応できるか、さらに、国民が平常時、災害時にどのように行動すべきかといった自助の重要性について、国のお立場からご講演頂きました。
講演のポイントは以下の通りです。

  • 関東地方は家康が入府するまではずっと湿地帯であり、今の利根川は銚子に抜けているが、もともと東京湾に河口を持っていた。また、今の荒川下流の大きい河は明治時代につくられた人工的に開発された放水路であり、もともとは、群馬の山々から荒川によって土砂が運ばれて関東平野を形成した。
  • 国土交通省は日本の大きな109の河を管理している。首都圏だと江戸川、利根川、荒川、多摩川、鶴見川のような河を管理しており、それらの河は200年に1回来るぐらいの洪水から守るために堤防をつくったり、河を掘ったり、ダムをつくったりしている。
  • 東日本大震災をきっかけに外力をL1、L2の二つに分けた。L1というのは津波でいうと数十年から百数十年ぐらいの頻度で起こる規模の津波であり、これについては施設で守る。L2は数百年から千年に1回発生するような想定最大規模の外力であり、東日本大震災の津波のように施設では守りきれないので、人命を守るという観点から、避難を優先する。二つの外力に対して、それぞれどういう対応をするかというふうに、国の行政は舵を切った。そして、同じ考え方を洪水にも組み込もうということで、2015年、水防法の改正が実施された。
  • 洪水、高潮は、地震や津波と何が違うかというと、台風が発生してから災害が発生するまでに時間的な余裕があるということ。要は知識と日ごろの準備さえあれば、仮に何かがあっても、それなりに被害を軽減できる災害であるということを理解しておくことが重要だ。
  • 日本の主要な河川では、水防法で国土交通省が浸水想定区域を示さなければならないことが決まっている。浸水想定区域とは、200年に1回の洪水が発生したとき、各地域において考えられる最大の浸水深を示したものであり、堤防のどこが切れたらその程度浸水するか、氾濫した水がどのくらいの時間で到達するかという情報はわからない。一方、各市町村で浸水想定区域をもとに、避難場所、避難経路等を含めた洪水ハザードマップを作成する制度となっている。これらの情報は、国土交通省のホームページのハザードマップポータルサイトに掲載されており、洪水だけではなく、土砂災害危険区域等の情報も全て見ることができるので、日ごろからご覧いただきたい。
  • 不特定多数の人が利用するような地下街については、もしくは地下鉄の駅については避難確保計画をつくりなさいというのが水防法上定められている。東京では主要な地下街、それから主要な地下鉄の駅は基本的にはもうつくってある。しかし、何が不特定多数が利用する地下街なのかという明確な基準は省令にも書いていないので、市町村長の判断で指定される。非常に小さい地下空間まで指定されている市町村もあれば、主要な地下街しか指定されていない市町村もある。小さいところはまだつくられていないことが多いので、おそらく今避難確保計画が作られているのは6~7割だと思われる。たまに「雨がすごく降ってきたから、地下に逃げましょう」という方がいるが、それは本当にやめるべきであり、できればビルの2階とかのほうがいいと思う。
  • 2015年の関東東北豪雨による水害を受けて、国土交通省は水防災意識社会を再構築しようという掛け声をかけている。近代河川改修が入る以前は、水害が日常茶飯事だったので、水防災が身近で自力で逃げるようになっていた。しかし、国や県などが河川改修を進めてきた中で、水害の頻度がどんどん減り、水防災はほとんど意識されない社会になってしまった。そのため、施設では対応できない被害は絶対発生するということを皆さんに知っていただこうと協議会を立ち上げた。この協議会では河川管理者と都道府県、市町村が入り、たとえばこの地区にハザードマップをとか、浸水想定区域とか、避難を周知するためにはどうやっていくのかということを皆で考え共有し、それぞれの役割分担の下で有事の際はしっかり対応するということを、すべての直轄の河で実施することにしている。
講演③激甚化する水災害に対する企業の備え
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 企業財産本部 本部長 佐藤 一郎 氏
佐藤 一郎 氏

講演内容

企業の立場に立った水災リスクを「知る」、「判断する」、「備える」ことの重要性についてご説明頂いた上で、事業継続のための具体的な対策についてご講演頂きました。
講演のポイントは以下の通りです。

  • リスクを「知る」ことの相対的な重要性が、同じ自然災害でも大きく違う。地震の場合、東海地震や南海トラフ地震といった比較的目標にしやすいターゲットの災害があるため、耐震改修の支援や情報開示等、行政側からのアシストがある。一方、水災の場合、そもそも河川が多く、内水や高潮等、原因が多様であり、今後雨量が増えていくかもしれない、規模も大きくなるかもしれないことを考えると「知る」というところが大変難しい。
  • 「防災4.0」というキーワードで、今年6月に内閣府有識者懇談会の提言が出されたので紹介する。「防災1.0」では、伊勢湾台風、2000人ぐらいの被害者がみられたが、ここで災害対策基本法というのができた。「防災2.0」は阪神・淡路大震災。特に都市型の災害ということで、危機管理といった話がこのころから出てきた。この後に耐震改修促進法が制定され、また地震の観測網が高密度に整備された。また、東日本大震災に至るまでのこの間に、新潟中越地震、あるいは2001年のニューヨーク同時多発テロ等があり、企業の中では危機管理からBCPへの意識が変わってきたのもこのころだと思われる。「防災3.0」では東日本大震災による複合災害や、津波について注目された。そして、「防災4.0」では温暖化に伴う気候変動がもたらす災害の激甚化に焦点を当てている。災害という概念で一括りにされがちだが、ここに挙げた災害それぞれに特徴が違い、教訓から学ぶ上でも、このように分かりやすく過去の災害を整理することには意味がある。
  • 河川氾濫のような大規模な水害というのは、河がつくった沖積平野に大きな影響を及ぼす。日本は国土の約10%が沖積平野だが、ここに人口の50%、そして資産の75%がある。これは世界的にも極めて集積している。沖積平野というのは平らなので生活しやすいためで、人が自然に集まってくる。自然に集まってきたところが実は危ないというのが水害の特徴である。
  • 自然災害というと、マイナスのリスクと捉えられがちで、がんばって防災に投資してもマイナス部分が少し減るだけではないか。どうしてもそういう発想が働きがちである。また、心理的なバイアスにより、大きい災害はしばらく来ないだろう、といったように、都合の悪い情報を直視しない、あるいは、過小評価をしてしまいがち。そうではなくて日本で事業をやる上で、避けて通れない自然災害のリスクを減らすことで、逆に攻める部分の投資余力ができるかもしれない。こういった攻めの防災への発想の転換が、これからは重要になっていくだろう。
閉会挨拶
東京海上日動火災保険株式会社 専務取締役 岩崎 賢二

以上