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研究員ブログ

TMRI ColumnNo.28

“確率的な” 気候変動リスク評価

温暖化によって台風が強くなり、豪雨による洪水災害が激甚化して・・・という話は、近年当たり前のようにニュース等で耳にするようになりました。それでは一体、そんな強大化した台風は、どのくらいの「頻度」で日本に襲来するのでしょうか。1000年に1度なのでしょうか、それとも10年に1度程度も来てしまうのでしょうか。本コラムでは、そんな謎に答えることができるようになる(かもしれない)最新の研究内容について紹介します。

アンサンブル気候予測データベースd4PDFの登場

これまで温暖化研究と言えば、

「温暖化の影響で気温が●度上昇したらどんなことが起こるか?」
「伊勢湾台風クラスの台風が、温暖化の影響で強大化して襲来したら?」

といったものがほとんどで、「頻度」や「発生確率」を議論することはできませんでした。これは、気候変動に関する数値シミュレーションは、膨大な計算コストを要するため、統計的にある程度信頼性を確保できるほどの多くのサンプルデータを得ることが困難だったためです。しかし、そんな悩みを解決すべく、JAMSTEC(海洋研究開発機構)をはじめ、様々な研究機関によって構築されたデータベースが公開されています。

地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース

地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース
Database for Policy Decision making for Future climate change (d4PDF)
http://www.miroc-gcm.jp/~pub/d4PDF/
(出典:d4PDF Webサイトより)

「d4PDF」と呼ばれるこのデータベースは、日本周辺領域を含む全世界の高解像大気モデルによる計算結果になります。計算条件(初期値)を複数パターン変えて実施しており、過去気候環境および非温暖化環境のものが6000年分、4度上昇した将来の温暖化環境下について5400年分もの気温、気圧、風速、温度、降水量といった物理量の計算結果が、「d4PDF」に格納されています。このデータを用いることによって、懸案であった「頻度」や「発生確率」について、一定の評価をすることが可能となるのではないか、と様々な研究者の間で注目されています。

このデータベースを用いるとどんなことが言えるようになるのでしょうか。例えば、こんなことが言えるようになりそうです。

「近くに流れる川の氾濫なんて、おじいちゃんが若い頃に1回あったかなかったか程度だったのが、温暖化したら、自分が生きている間に2~3回起こるようになってしまう!?」
「“50年に1度の大雨” って最近よく聞くし、凄い大雨だなぁと思って備えていたら、温暖化したら、もっととんでもない大雨になってしまう!?」

まさに、「頻度」も含めて評価をすることができるようになりそうです。

最新の研究成果

温暖化時の荒川洪水氾濫計算結果:ワースト上位シナリオの1つ

図 温暖化時の荒川洪水氾濫計算結果:ワースト上位シナリオの1つ
(作成:東京海上研究所)

具体的な研究成果も出始めています。先日札幌で開催された日本気象学会では、最新の温暖化研究成果として、d4PDFを活用した研究成果がいくつか発表されました。例えば、気象研究所吉田研究官によると、温暖化環境においては、多くの海域において猛烈な台風の発生個数は減るものの、日本南海上では増えるとのことです(Yoshida et al.2017)。他にも、爆弾低気圧の将来変化に関する研究(金沢大学)やエルニーニョ現象と台風活動の関係に関する研究(茨城大)などが報告されました。

当研究所は京都大学や名古屋大学との共同研究を通じ、温暖化による水災リスクへの影響に関する研究を実施しており、d4PDFを活用した荒川の水災リスク評価において、温暖化環境では大規模な損害をもたらすような洪水の発生頻度が高まること等について報告しました。(温暖化時のワースト上位シナリオの1つを用いて、荒川洪水氾濫計算を行った結果を図に示します。)

今後の展望

研究成果も出始めたd4PDFですが、現状では台風や降雨、気温といった気象現象がどうなるかについて報告されています。今後は、降雨の変化による水害や干害、気温上昇等による環境や健康への影響等について、研究が進んでいくことが予想されます。

また、d4PDFは、2100年頃に4度上昇しているシナリオという、今後温暖化対策を何も行わない最悪シナリオを前提としたものですが、現在より近未来である2030年頃を対象とした気候変動影響評価に関するプロジェクト(SI-CAT 気候変動適応技術社会実装プログラム)が進んでいます。このSI-CATでは、2度上昇シナリオの気候シミュレーションを実施したものです。

2030年と言えば、少し前までは、「それでもだいぶ先だなぁ・・・」と思っていましたが、気が付けばオリンピックの10年後、とかなり切迫感のある現実的な状況になっていることに驚きます。

d4PDFは、現在は非営利目的に限り無償で利用可能とのことですが、これらを活用した研究成果が社会で認知、活用され、気候変動リスクに対する備えがより一層社会に広がることが望まれます。

執筆者主任研究員 篠原 瑞生