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研究員ブログ

TMRI ColumnNo.24

人類の課題に挑戦する
~シンギュラリティ大学・エグゼクティブ・プログラムに参加して~

米国・カリフォルニアのシリコンバレーに、「シンギュラリティ大学」という謎の大学があります。 ネットで調べると、「かなり⾼額なのにエリート管理職が続々参加!超未来志向の⼤学」、「米シリコンバレーでも突き抜ける シンギュラリティ大の未来志向」、「エグゼクティブ向けの1週間コースには全世界から申込みが殺到し、一年先まで予約が埋まっている」などの記事は見つかりますが、具体的にどのようなことをしているかという情報はあまりなく、日本からの参加者も数えるほどしかいないようです。 私は大変幸運なことに、7月24日から29日までのエグゼクティブ向けコースに参加する機会を得ました。 そして、想像を遙かに上回る刺激を受けて帰ってきました。

「シンギュラリティ」とは(What is “Singularity”?)

大学の名称になっている「シンギュラリティ」ですが、これは「技術的特異点」(テクノロジカル・シンギュラリティ)のことです。コンピュータ技術、エネルギー技術、バイオ技術など、各種の技術進歩のスピードが急激に上がり、技術がこれまでの進歩の仕方とは全く異なる、予測不能な進歩を始める時点をこう呼びます。

このシンギュラリティという概念は、米国の発明家でフューチャリストのレイ・カーツワイル氏によって、初めて提唱されました。

技術的特異点を超えると、人工知能の能力が人間の知的能力を上回るようになり、それ以降は人工知能が人間に代わって技術開発を行い、技術進歩のスピードはさらに高まるとカーツワイル氏は予測しています。

SF映画の影響もあるのでしょうか、「シンギュラリティ?あ、人工知能が人類を滅ぼすアレね」と誤解している人も多いのですが、シンギュラリティのそもそもの提唱者であるカーツワイル氏は、人工知能をはじめとする技術の急激な進歩により、シンギュラリティの先の未来はさらに素晴らしいものになると信じています。

確かに人工知能は「今の」人間の知能を上回るかもしれませんが、人間も技術によってその生物的限界を超え、発達した人工知能と共生して、種としてのさらなる高みを目指すと、カーツワイル氏は考えています。

このカーツワイル氏と、「楽観主義者の未来予測(原題 “Abundance”)の著者で実業家のピーター・ディアマンディス氏が共同で、2008年に創設したのが「シンギュラリティ大学」です。

シンギュラリティ大学の創設者、レイ・カーツワイル氏(左)とピーター・ディアマンディス氏

写真1 シンギュラリティ大学の創設者、レイ・カーツワイル氏(左)とピーター・ディアマンディス氏
(出典)シンギュラリティ大学

シンギュラリティ大学とは(What is Singularity University?)

シンギュラリティ大学のキャンパスは、カリフォルニア・シリコンバレーのNASAリサーチパーク内にあります。 大学と名前がついていますが、学位の授与等はなく、教育・研究機関と呼んだ方がいいかもしれません。校舎や宿舎となっている建物はNASAが提供しています。また、Google、Nokia、Cisco、Autodeskなどが設立に協力しています。

  • シンギュラリティ大学の校舎

    写真2 シンギュラリティ大学の校舎
    (出典)シンギュラリティ大学

  • キャンパスのあるNASAリサーチパーク

    写真3 キャンパスのあるNASAリサーチパーク
    (出典)シンギュラリティ大学

シンギュラリティ大学が目指すこと(The goal of SU)

シンギュラリティ大学が目指すのは、一言で言えば、「幾何級数的(Exponential)に進化するテクノロジを利用し、全世界の英知を結集して世の中のあらゆる課題を解決し、豊かな未来を築く」ことと言えるでしょう。

人類は、エネルギー、環境、食料、貧困など、さまざまな課題を抱えています。シンギュラリティ大学ではこれらの課題を12のカテゴリに分け、皆で解決を図ろうと世界に呼びかけています。キーワードは、「10億(109)人にポジティブな影響を与える」。これまではグローバル巨大企業や国家レベルでしかできなかったことが、技術の活用によってごく少人数のグループ、もしくは個人でもできてしまう時代になりました。シンギュラリティ大学は参加者に、人類のためにさらにスケールの大きな発想をすることを求めています。

シンギュラリティ大学が考える「人類の課題」

図表1 シンギュラリティ大学が考える「人類の課題」
(出典)シンギュラリティ大学の資料をもとに東京海上研究所作成

シンギュラリティ大学のプログラム(Programs of SU)

シンギュラリティ大学では、上記の目標を達成するために、さまざまなプログラムを企画・運営しています。

(1) エグゼクティブ・プログラム
企業のエグゼクティブや起業家などを対象として、新しいテクノロジが産業、企業、さらには参加者のキャリアや人生をどのように変えていくかを予測・評価する方法を学ぶ、1週間のワークショップです。
(2) グローバル・ソリューション・プログラム
社会起業家、科学者、技術者、デザイナ-、心理学者、法律家など、様々な分野から集まったエキスパートたちがチームを組み、人類の課題を解決するプロジェクトを企画する10週間のプログラムです。最初の1週間はエグゼクティブ・プログラムと同様のカリキュラムで学び、残り9週間でシンギュラリティ大学の各分野の専門家、シリコンバレーの起業家、そして参加している同僚からのアドバイスや助言をうけながら、プロジェクトを企画します。プログラム終了後、卒業生はそのプロジェクトの実現にコミットすることが求められています。
(3) グローバル・サミット
加速するテクノロジを用いていかに人類の課題を解決するかについて、専門家の講演や展示、ワークショップが行われる2日~3日のサミットで、各国の都市で開催されます。
(4) グローバル・グランド・チャレンジ・アワード
シンギュラリティ大学の掲げる「12の課題」の解決に功績を挙げた企業を表彰するアワードです。入賞企業は上記グローバル・サミットに招待され、講演・展示を行う機会を与えられます。
(5) エクスポネンシャル・カンファレンス・シリーズ
金融、製薬、製造業それぞれのテーマについて、新しいテクノロジがどのようなインパクトを与えるかを考えるカンファレンスです。

私が参加したのは、上記(1)のエグゼクティブ・プログラムです。

エグゼクティブ・プログラム(Executive Program)

(1) 参加者のプロフィール(Demography of attendees)
今回の参加者は105名。参加者のうち30名はChairman、CEO、Presidentなど、会社のトップの肩書きを持ち、12名は創業者、5名はその両方の肩書きを持っていました[1]
参加者の地域別割合ですが、西ヨーロッパが最も多く、4割弱、ラテンアメリカと北アメリカがそれぞれ2割、アジアパシフィック、アフリカ・中東、東ヨーロッパがそれぞれ1割弱という割合でした[2]
  • 参加者の地域別テーブル分け

    写真4 参加者の地域別テーブル分け

  • 参加者の地域別分布(テーブル数)

    図表2 参加者の地域別分布(テーブル数)

日本からの参加は3名、うち2名が日本人で、1名は日本在住の米国人でした。エグゼクティブ・プログラムはこれまで約2700名が受講していますが、日本人の卒業生は10名に満たないそうです。
(2) プログラムの内容(Curriculum)
エグゼクティブ・プログラムは6日間にわたり、非常に密度の濃いカリキュラムが組まれています。
エグゼクティブ・プログラムのカリキュラム

図表3 エグゼクティブ・プログラムのカリキュラム
(出典)シンギュラリティ大学の資料をもとに東京海上研究所作成

プログラムは、大きく以下の4つのカテゴリに分けられます。
  1. 考え方のフレームワーク:シンギュラリティ大学における最も基本的な考え方である「エクスポネンシャル」(幾何級数的進歩)に関する講義。
  2. 予測・変革ツール:未来を予測し、それに適応できるよう組織を変革するためのツール。多くの講義においてグループワークが含まれます。
  3. テクノロジ:新しい時代のブレークスルーとなるテクノロジの紹介。
  4. テクノロジを応用して、どのようなことが可能になるかについての講義。
このプログラムは、受講者が「エクスポネンシャル」という新しい考えに触れ、どのような技術革新が起きているかを知り、それが世の中にどう応用されているか、それらの動向を予測し、自らの会社・組織をどう変革すればよいかの手法を学び、ワークショップで手を動かして考えてみることにより、大きなスケールで地球規模の課題を解決していこうという意欲が湧いてくるよう、非常に巧みにデザインされています。
  • 「エクスポネンシャル時代の発明・発見」について語るピーター・ディアマンディス氏

    写真5 「エクスポネンシャル時代の発明・発見」について語るピーター・ディアマンディス氏
    (出典)シンギュラリティ大学

  • シンギュラリティ大学「イノベーション・ラボ」の見学

    写真6 シンギュラリティ大学「イノベーション・ラボ」の見学
    (出典)シンギュラリティ大学

講師には各分野の第一人者である超一流の人材を集めており、それだけでもすごいことなのですが、その講師陣に直接質問し[3]、また、コーヒーブレークや夜のパーティーの時に身近に話をすることができるという、大変貴重な機会が得られます。
ワークショップも、チャートを使うもの、レゴを使うもの、模擬裁判の形式をとるものなど多彩で、講義内容の理解が深まり、参加者同士のコミュニケーションも進みます。
(3) 参加者同士のネットワーキング(Networking)
エグゼクティブ・プログラムは、参加者同士、参加者と講師のネットワーク作りにも力を入れています。
参加者は、参加者及び講師専用のSNSにプロフィールや興味・関心事を登録し、Facebookのようにお互いに「友達」になったり、メッセージをやりとりしたりすることができます。これは、プログラム終了後も引き続き利用できます。
休憩時間は長めに取られ、参加者が講師を取り囲んで質問をしたり、参加者同士が議論に夢中になりすぎて、講義開始時刻が迫っても教室に戻ろうとせず、タイムキーパーをやきもきさせる場面もよく見られました。
1日の講義終了後は、ほぼ毎日、ネットワーキングのイベントがあります。
2日目は、ベンチャーの経営者などがよく集まるマウンテンビュー地区のレストランでディナー
3日目は、DIYのための工具・材料を豊富に揃える “Tech Shop’ を見学し、そこで、チームを作って「相撲ロボット」を組み立て、闘わせる “SMOBOT’ コンテスト。これは非常に盛り上がりました。
4日目は、NASAリサーチパークにあるシンギュラリティ大学のラボを見学し、その後広場で “Food Truck Party’。このパーティーには「グローバル・ソリューション・プログラム」のチームも一緒に参加しており、彼らの取り組んでいるプロジェクトについていろいろ話を聞くことができました。
6日目の最終日は閉館後の美術館を借り切ってクロージング・パーティー。このころには参加者同士もすっかり仲良くなりました。
(4) 卒業生のネットワーク(Alumni network)
エグゼクティブ・プログラムの歴代の参加者は「卒業生(Alumni)」として登録され、卒業後もお互いに協力し合い、人類の課題を解決するために切磋琢磨することを求められています。シンギュラリティ大学には卒業生同士のネットワーキングをサポートする専門のチームもいます。
(5) エグゼクティブ・プログラムで得られたこと (What I got from Executive Program)
エグゼクティブ・プログラムで得られた最も大きな成果は、世界最高のエキスパートから学んだ最新技術の情報もさることながら、これまでの常識を覆すような斬新な発想を知ったこと、それを実現していくためのツール類の使い方を覚えたこと、そして、同じ理想を追い求める2700人の仲間(卒業生のネットワーク)を得られたことではないかと思っています。

次号以降は、「これまでの常識を覆す発想」とは何か、それを実現するテクノロジーは何か、企業変革のツールにはどのようなものがあるか、などを順次ご紹介していく予定です。

執筆者主席研究員 牧野 司

<注釈>
  1. 参加者自身が入力したプロフィールデータを元に集計
  2. 最終日のみ参加者の地域別にテーブル分けがなされたので、そのテーブル数から推計。
  3. 今回初めて、参加者がPCやスマートフォンから質問を投稿し、講師がその質問のなかから選んで答える方法が併用されました。
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