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研究員ブログ

TMRI ColumnNo.29

AIは気候変動リスクを解決するか?

「人工知能(AI)」や「機械学習」という言葉を聞かない日は無いのではないでしょうか。仕事がなくなる…何でも予測してくれる…と、何かと話題の多いこの技術ですが、気象・気候分野でも、その技術は活用されはじめています。本コラムでは、気象・気候分野におけるAIについて紹介します。 (なお、AIや機械学習そのものの詳細については本コラムでは省きます。)

AIを活用した気象・気候リスク評価

気象庁や環境省では、AIを活用した研究計画が次々と発表されています。そもそも、数値予報(天気予報の基礎となる情報)は、機械学習の手法を古くから採用し、日々の天気予報の精度は年々向上しているところであり、AIや機械学習とは親和性の高い分野です。先日開催された気象学会(2018年10月29日~11月1日@仙台国際センター)においても、「人工知能(AI)は気象学にブレイクスルーをもたらすか?」というテーマの特別セッションが設けられましたが、会場は大勢の立ち見が出るほど盛況で、この分野の関心の高さが感じられました[1]。 そのセッションでは、地上から空を撮影した写真を用いた雲量や日射量の推定、豪雨の直前予測、また衛星雲画像を用いた台風の強度推定や発生・強度変化の予測など、様々な研究事例が紹介されました。

~AIは気候変動リスクを解決するか?~

~AIは気候変動リスクを解決するか?~

また、気象の研究からは少し離れますが、気象ビジネスにおけるAI活用も近年目覚しいものがあります。たとえばIBM社はこの分野に積極的に進出しています。買収した気象会社The Weather Company社の持つ膨大な気象データを「Watson」を用いて分析、AIを活用した気象予報サービスを既にスタートさせています[2]。また、国内民間気象会社大手のウェザーニューズ社も、同社が「ウェザーリポーター」と呼ぶ多数の会員からの天気に関するレポートや雲画像データをビッグデータとして、AIを活用することで、ゲリラ豪雨の予測精度を向上させているそうです[3]
昨年、気象庁が立ち上げた気象ビジネス推進コンソーシアム[4]でも、AIを活用した気象予測、災害予測の他、色々な業種における売上予測などの活用事例も紹介されています。

他方で、気候変動リスクになると、AIを活用した…という事例はまだあまり多くない印象です。気候変動は、数十年~数百年規模といった、期間の長い現象を扱うため、上記で挙げたような、数時間〜数日程度を対象とした気象予測の類とは本質的に異なっており、AIが活用できるのかどうか、まだ模索されているところなのかもしれません。

自然科学分野とAIの親和性と懸念点

これは筆者の感覚ですが、特に「回帰問題」におけるAIの活用は、気象現象のような一定の物理法則に基づく現象を表現するのには、向いているのではないかと感じます。天気の仕組みを理解するため、古くは、ナビエ・ストースク方程式に始まる様々な流体を記述する方法(支配方程式)が開発されて以来、それを膨大な大気海洋の計算に適用すべく、偉大な先人達は、ある時は様々な仮定を置くことで次元数を減らし、またある時は係数換算による近似をするなどして、膨大な計算コストを下げ、かつ精度向上に努めてきました。
これをまさに実現したのが数値モデルであり、現在、天気予報を始め、気候変動リスク研究に至るまで世界中で活用されているものです。これは、その背景に支配方程式が存在するからこそ、実現できることです。
これに対して、AIのアプローチは全く異なっています。少し乱暴な言い方を許していただければ、支配方程式などそもそもあるかどうかわからない現象に対し、膨大なデータ(ビッグデータ)や経験によって学習(膨大な量の回帰を組み合わせる)することによって、結果、「もはや何故だかよく分からないが、兎に角当たる」ようになるというものです。
しかし、AIの仕組み(例えば深層学習)を考えると、結果的に背景にある支配方程式のようなものを、膨大な数の回帰式と回帰係数によって近似しているだけなのではないか?と思うことがあります。そうであるならば、元々物理方程式に支配されている(はずの)現象ならば、これ以上組み合わせがないくらい膨大なデータを学習させれば…少なくとも、「西の空が晴れたから明日は天気が良い」というような観望天気レベルのものは十分表現できるのではないかと思われます。したがって、既に支配方程式という一種の近似解をもつ自然科学分野こそ、AIの、精度の高い活用が期待されるのではないでしょうか。

一方、AIには未知の(これまで発生したことの無いような)現象に対しては弱い、という点が指摘されています。我々が扱っている気候変動リスクでは、「TMRI Column No.28 “確率的な” 気候変動リスク評価」でも触れているとおり、「これまで上陸したことのないような強大な台風が、将来どの程度の頻度で発生するのか?」といった課題を解かねばなりません。この点、現在気候下であるならまだしも、人類がこれまで経験したこともないような気候変動が起こった状況のもとでは、そもそも前提としている環境(例えば、平均気温や日射量等)が現在とは異なっており、果たしてこれまで我々が経験した情報やデータを元にした学習の延長線上で答えを出してもよいのだろうか…と言われれば、疑問です。したがって、気候変動リスクをAIで扱うような場合、「そもそもの大きな前提」が異なっている可能性があることに気を付ける必要がありそうです。

おわりに

AIの技術は、気象分野では様々な活用がなされ始めている一方で、気候変動分野における活用はまだまだこれからの印象であることを述べてきました。ところで、AIに用いられる機械学習の手法の一つであるニューラルネットワークを用いた気候変動リスクの研究で、「近年の気候変動は、自然変動の影響で、人為的な影響はほぼ無い」とする結果が報告され、研究者の間で話題になっています[5]。過去に論争が繰り広げられてきたこの問題、ようやく一区切りついたかと思っていましたが、新技術により再び新たな波乱が巻き起こるかもしれません。今後の展開が楽しみでもあります。

執筆者主任研究員 篠原 瑞生