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研究員ブログ

TMRI ColumnNo.12

農業のブランド化とクラインガルテン
~地方創生の現場から(2)山梨県南アルプス市~

日本国内を見渡すと、農業が唯一の産業だという自治体も少なくありません。そうした自治体では、ほぼ例外なく「高齢化と人口減少」による地域活力の減退に頭を悩ませています。農業などの第一次産業が食品加工・流通販売にも乗り出し、経営の多角化を図る、いわゆる「農業の6次産業化」に活路を見いだそうという気運が盛り上がっています。

先日、山梨県の南アルプス市を訪問し、6次産業化を目指す取組みを見せていただきました。同市では、主力産業であるモモやブドウなどの果樹生産を中心とした農業を盛り上げることで、地域の衰退も回避しようと、さまざまな施策に取り組んでいます。特に農業の「ブランド化」に注力していることが印象的でした。市内のインターチェンジ(南アルプスI.C.)そばに借り上げた農地12haを使い建設された「完熟農園」という施設があります。今年6月にオープンしたばかりですが、南アルプス市のブランド農業化の最前線としての機能が期待されています。ちなみに「完熟農園」という名称には、通常は完熟前に市場に出荷する果物を、完熟した最高に美味しい状態ですぐに消費者に届けたい、という想いが込められているそうです。

完熟農園・中込社長

完熟農園・中込社長

完熟農園の中込社長は4月まで市長を務められており、農園のオープンに至るまで多くのハードルを乗り越えてきたと経緯を振り返ります。レストランや商業施設を併設した農園をつくるために、民主党政権時代に内閣府より特区認定を受けたものの、農林水産省から「農地法は規制緩和対象外」との指摘を受け、計画はとん挫しかけました。その後も粘り強く交渉を続け、国の資金補助は受けず、市独自で資金を準備することなどで、3年近くかけてようやく開園にこぎつけました。現時点ではオープン間もないためか、全国的な認知度は十分高いとは言えませんが、それでも山梨県内の方を中心に、平日の11時前にもかかわらずレストランに長い行列ができていました。

完熟農園には地元農家の方が生産品を販売できるマルシェもあります。専業農家を中心に現在約200軒の契約農家があり、毎日5軒程度のペースで増加しているとのことです。農協に出荷するよりも5割程度実入りが多いこと、さらに価格競争を行わず「良い農産物は価値に見合う価格で販売する」という基本コンセプトがあるため、農家の方々からの評判は非常に高いそうです。完熟農園との取引は、農家のモチベーションを向上させるでしょう。加えて「もうかる農業」に転換していくことで若者を農業に引き戻す効果がありそうです。

この完熟農園は今後5年をかけて整備を続けていき、最終的に50~100万人程度の観光客を集めたいとのことでした。現在の南アルプス市全体の観光入込客数が約60~70万人とのことなので、この農園への期待がどれほど大きいか想像できます。但し、農業の6次産業化を軌道に乗せるためには多額の資金を確保したり、法人化が必要になったりと、なかなかハードルが高いのも実情です。現実問題として、どの自治体でも完熟農園のような取組みができるわけではありません。

クラインガルテン

クラインガルテン(奥に見えるのがラウベ)

他自治体でも導入しやすいという意味で、同じ南アルプス市で見学させていただいた「クラインガルテン(ドイツ語で「小さな庭」という意)」も興味深い取組みでした。「滞在型市民農園」とも言われるクラインガルテンは、セカンドハウスとして農地と家屋を賃借し、地元農家の指導を得ながら農作業などのスローライフを楽しむもので、日本国内でも既に100カ所近くあると言われています。その中でも南アルプス市のクラインガルテンは、首都圏からのアクセス利便性が高いことから人気を集めています。南アルプス市の場合、入会金約40万円と年会費約40万円を支払うと、最長5年間にわたり約500㎡の農地とインフラ完備の家屋(「ラウベ」という滞在施設)を借りることができます。50~60代のリタイア/セミリタイア組を中心に毎回抽選が行われるほど申し込みが殺到していることに加え、クラインガルテンの賃貸期間満了後に本格的に移住する人も増えてきているそうです。職員の方のお話では、空き家バンク・農地バンクの整備を進めていることもあり、最近5年間の移住者は200名弱になっているとのことでした。

上記応募状況からもわかるように、「田舎暮らし」のニーズは高いものの、移住には踏み切れないという層が実は多いことがうかがわれます。本格的に移住をする前の「お試し」として、クラインガルテンのような制度を提供することは、「交流人口の拡大」「農家の活性化」が見込めるため非常に有効だと思います。内閣府の調査(2014年8月)によると、都市部に住む人の31.6%が「農山漁村に定住したい」と答えています。特に20代が38.7%と最も高いことから、中高年だけではなく若者を引き込めるような施策があってもいいかもしれません。南アルプス市の職員の方は、「地元の人が自然のありがたみを感じなくなっているのが問題だ」とつぶやかれていましたが、その事実に気付いていることこそが大切だと思います。全国の地方市町村には、「自然」「農業」という豊かな資産を活用して、都会の住民を積極的に呼び込んでいただく取組みを推進していただきたいものです。

執筆者主席研究員 渡辺 宏一郎