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SENSOR No.25 「自動運転をめぐる法的な課題」

自動車の自動運転に関する技術進歩は目覚ましいものがあります。政府は「東京オリンピック・パラリンピック」が開催される2020年をめどに自動運転車の実用化を目指すとしていますが、技術的には現実のものとなりつつあると言えます。一方、自動運転車が社会に受容されるためには法制度を大幅に見直す必要があるとの議論もあり、その検討は始まったばかりです。本SENSORでは、今後の自動運転車普及の成否を握る「自動運転をめぐる法的な課題」について、幾つかの考え方を紹介します。

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1.自動運転の現状

政府は自動車自体が運転者の操作を代行するシステムを自動車の自動運転(以下「自動運転」)と定義し、一部操作を代行するレベル1から、搭乗者が一切の操作をしなくてもよい完全自動運転のレベル4まで、4つの自動化段階を想定しています(下表)。自動運転と言っても、幾つかの段階があることがおわかりいただけると思います。

レベル1の安全運転支援システムは既に急速な普及期に入っており、代表的な装置である衝突被害軽減ブレーキ(自動ブレーキ)の新車搭載率は5割に達しようとしています。レベル2以降の自動走行システムは、世界各地で実証試験が重ねられている段階で、トヨタ、日産、ホンダといった日本メーカーも政府の後押しを受けながら欧米メーカーとの開発競争にしのぎを削っています。国内の高速道路・一般道路でも自動運転車の実証走行が既に行われており、日産は2016年内に高速道路上の自動運転が可能となる技術や自動で駐車する技術を市場投入すると宣言しています。「東京オリンピック・パラリンピック」が開催される2020年頃には、限定的ながら自動運転が実用化される可能性もあります。

表1         

現在、自動車交通事故の大部分は人為的な要因(飲酒・居眠り運転、不注意運転、操作ミスなど)で引き起こされています。自動運転により機械が運転操作や判断を行うようになると、人為的なミスは減少し、事故発生数は激減すると期待されます。例えば、国土交通省は年間数十件発生している高速道路逆走事故を、自動運転技術を活用して2020年にゼロにする目標に掲げています。さらに、渋滞の緩和・解消や、高齢者・障がい者などのいわゆる「交通弱者」の移動の利便性向上がもたらされ、自動運転が社会にもたらす効用は非常に大きいと言えます。特に、世界で最も高齢化が早く進行し、地方で過疎化が進むわが国においては、自動運転が社会的課題解決の一助になる可能性もあります。 

2.現行の法的枠組み

テスラ・モデルS

テスラ モデルS
(出典) テスラジャパンHP

2015年10月に米国の電気自動車メーカー、テスラ・モーターズが主力セダン「モデルS(写真)」に機能を追加する形で、限定的な環境下での半自動運転が可能となる製品を米国市場に投入しました。高速道路で運転者が運転装置から手足を離した状態で走行が可能となっており、車線変更も自動で行われますが、緊急時には運転者が対応する必要があるレベル3の自動走行システムです。なお、テスラは自動運転車を日本市場にも投入する準備を整えており、当局からの認可承認を待っている状況ということです。

このように実用化に踏み出しつつある自動運転ですが、技術面以上に大きなハードルとなるのが法制面の整備です。テスラのレベル3自動走行について、米国の法律には「自動運転を禁じたり、運転中に運転装置から手足を離したりしてはいけないとのルールがない」ため、同社は「現時点で法的な問題はない」との見解を示しています。しかし、そもそも法律制定時に自動運転という運転形態を想定していなかったために明文化されていないだけであり、危険性をはらむ走行は法で制限されて当然との見方も根強く、今後の法体系の見直しに向けた動きは不可避と考えられています。

世界各国の道路交通法規の多くは、「ジュネーブ道路交通条約(注1)」もしくは「ウィーン道路交通条約(注2)」を上位規範(拠り所)としています。両条約とも、「走行する車両には運転者が必要である」「運転者は事故を回避するため適切に車両を制御しなければならない」という基本的な考え方に則っており、人間が全く関与しない自動運転は想定していません。

わが国の道路交通法(以下「道交法」)でも、運転者は「ハンドルやブレーキなどの装置を確実に操作する」ことが求められており、安全運転支援システムは「運転手の補助装置」という位置づけになっています。これを解釈すると、人間が「加速(走る)・操舵(曲がる)・制動(止まる)」に関与する余地が残されている準自動走行(レベル2)までは、現行法に抵触することなく導入が可能と言えるでしょう。一方で、人間の関与度が低い準自動走行(レベル3)や全く関与しない完全自動走行(レベル4)を導入する場合は、道交法や国際条約改正の必要性が生じてきますが、各国の足並みは必ずしもそろっておらず、実際の改正までには紆余曲折が予想されます。

3.自動運転で変わる可能性がある責任関係

自動運転では、運転者(人間)は自動車(機械)に運転にかかわる制御権の全てまたは一部を移譲することになります。その場合、自動車側も担っている制御の度合いに応じて責任を分担すべきだという考え方があります。従来は運転者が負っていた責任のうち、どの程度を自動車(メーカー)が負担すべきか現時点では整理されていません。運転者側は交通事故の発生をどの程度予見できたのか、自動車メーカー側は自動運転技術の限界を運転者に正しく開示していたか、などを踏まえて方向性が固まっていくと思われます。場合によっては、自動車や運転システムの製造者、部品のサプライヤーなどが負担する責任が、現在より重くなることも予想されますが、製造者側に過度の責任を負担させることは、自動運転の開発・普及を妨げることになりかねないので、その点も踏まえた責任関係の整理が必要となります。

機械の判断や操作が常に最適とは限りません。例えば他車とのアイコンタクトなど、相手の感情をくみ取って判断しているようなことが、機械には判断できないこともあります。また、判断に倫理性を持たせるかどうかということも議論が分かれます(注3)。

ちなみに、現在のわが国の製造物責任法(PL法)では対象となる生産物を「製造又は加工された動産」と規定していますので、プログラム不具合に起因する被害は救済対象ではないと解釈することが一般的です。プログラムが主たる要素技術となる自動運転車の場合、プログラムを製造物責任の対象外とすることは被害者救済の観点で問題が生じる可能性があります。

自動運転では、運転者(人間)に変わり、自動車(機械)が運転判断や操作をする割合が多くなりますので、前述の通り、人為的なミスは大幅に減少しますが、交通事故はすぐにはゼロにはならないでしょう。従来の交通事故(車両に欠陥がある場合を除く)では、人間(当方)対人間(相手方)で過失割合を決定すれば良かったのですが、自動運転車同士の事故の場合は、人間(当方)・機械(当方)・人間(相手方)・機械(相手方)をはじめとした多岐にわたる責任関係を想定しなければならなくなるかもしれません。

さらには、自動運転にとって重要な情報である道路上の白線が消えていた場合、車載の地図情報が更新されてなかった場合、外部からハッキングされ誤動作した場合、など新たに考慮しなければいけない点も数多くあり、責任を負う可能性がある当事者が増えることで、責任関係の複雑さに輪をかける格好となっています。とりわけ、自動運転車が実用化されてから、かなり長期間にわたって従来型自動車と自動運転車が道路上で混在することになり、事故時の原因究明や過失割合認定は非常に複雑化するおそれもあります。過去の判例に基づく判断ができないケースが当面続くことも想定しておく必要がありそうです。

自動運転が主流になると、運転者の技量が低下し、緊急時に適切な対応がとれなくなるとの心配の声もあります。自動操縦が主流の航空機の場合、離陸時以外は着陸も含めほとんど自動化されており、年間800~900時間飛行する長距離路線のパイロットの場合、実際に自ら操縦するのは3時間ほどしかないとの調査結果(稲垣2012)もあります。常に適正な判断・操縦ができるように訓練は欠かしていないものの、明らかなパイロットの技量低下がみられると言われています。人間の関与が必要な準自動走行システムにおいては、人間の運転技量・判断を鈍らせず、機械と協調して常に安全走行できる仕組みが求められます。そのためには、人間が手動でハンドル操作をしている際に、車線を逸脱しそうになると車両の位置を自動で中央に戻すといったような「運転がうまくなる自動運転」機能を継続的に活用していくことがカギとなりそうです。

4.わが国の法的枠組み見直し検討状況

2020年までに自動運転車にかかわる法整備を完了させたいと考えている政府の方針を受けて、道路交通法規を所管する警察庁は、2015年10月に有識者を交えた検討委員会を設置し、まずは、2016年度中に公道での自動運転車の実証実験を容易にするような指針を作成した上で、実験データを収集・分析し、法整備につなげていこうとしています。

繰り返しになりますが、自動運転では人間に代わり機械が運転を制御する局面が増えてきます。そのため、車両に組み込まれた装置・プログラムの故障・不具合で事故が起こった場合、センサー・カメラが信号を誤認識し信号無視から事故が起こった場合、プログラムに問題がありスピード違反で罰金が科された場合など、必ずしも運転者が全ての責任を負わなくても良いのではないかというような事故・トラブルのケースも想定しなければならなくなります。欧米では数年前から「ロボット(=人間に代わる機械)にかかわる法的責任関係」が議論されてきました。わが国では本格的な検討は行われてきませんでしたが、ようやく2016年度に、そうした問題を考える「ロボット法学会」が設立される予定です。社会的な影響の広範性、生命にかかわる重大性、そして数年先に現実化する喫緊性という観点から、自動運転にかかわる法的問題は同学会のメインテーマとなっており、わが国の実情に合った法制のあり方が議論されていくことが期待されています。

 

注1 ジュネーブ道路交通条約:
1949年のジュネーブ国際会議で作成された条約で日本は1964年に加盟。キープ・レフトの原則や右左折方法など、自動車の基本的な走行ルールを定めたもので、加盟国のドライバーが自国で取得した運転免許で他の加盟国でも運転することが認められる。主たる加入国は米国、オーストラリア、東南アジア、アフリカ諸国など。

注2 ウィーン道路交通条約:
1968年のウィーン国際会議で作成された条約で、日本は未加盟。主たる加盟国はイギリス・ドイツ・フランスなどの欧州諸国。緊急車両の回転灯を青色にすることなどが定められている。ジュネーブ道路交通条約とともに有効な条約だが、ウィーン道路交通条約の方が実効性を有する加盟国数が多く、実質的な主流条約である。

注3 倫理判断:
自動運転車の倫理的判断を考える際に、いわゆる「トロッコ問題」が取り上げられることが多い。制御不能となったトロッコが、そのまま走ると先にいる5人の作業員を轢いてしまう。手前の分岐で進路を変えれば、その先にいる1人の作業員を轢いてしまう。この場合進路を変えることが正しいかどうか、という類の問題。自動運転車の場合は、プログラムで判断基準を設定できるが、どういう基準で設定するかについては社会のコンセンサスがなく、簡単には決められない難しい問題である。

【参考資料など】
・内閣府 SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)自動走行システム 研究開発計画:
http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/keikaku/6_jidousoukou.pdf
・今井猛嘉「自動化運転を巡る法的諸問題」国際交通安全学会誌Vol.40, No.2 平成27年10月
・ロボット法学会(設立準備研究会):http://robotlaw.jp/
・稲垣俊之「人と機械の共生のデザイン」森北出版 2012年

 

以上


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