To Be a Good Company

研究員ブログ

TMRI ColumnNo.13

ロイズ(Lloyd's of London)

ロイズが保険ビジネスを開始してから今年(2015年)で327年を迎えますが、その発祥がエドワード・ロイドのコーヒー店(ロイズ・コーヒー店)であることは有名な話です。

英国といえば紅茶が有名ですが、ロイズはなぜコーヒー店だったのでしょうか。17世紀前半、イギリスにコーヒーを伝えたのはカンタベリー大主教ウィリアム・ロード(1633-1645)で、アダム・ラファエル著「ロイズ 保険帝国の危機」(原題 “Ultimate Risk”)によると「1652年ロンドンでイタリア人による最初のコーヒー店がオープンし、仕事上、社交上の場として便利で、Lloydが1680年頃に開いた時には300をくだらないコーヒー店があったと言われている」とあるように、17世紀の英国ではコーヒーハウスがビジネスの情報収集の場所として商人の溜り場になっていたようです。折しも貿易の中心であるロンドンでは、船舶保険や貨物保険の需要が高まっていました。当時、貿易商が集まったロイズ・コーヒー店が徐々に保険の取引を行う場所として認知されるようになり、その後、紆余(うよ)曲折を経て世界の保険市場へと発展していきます。かつて、同コーヒー店があったところは、地下鉄のBank Stationからシティに向かって伸びるLombard通り沿いにありますが、現在はSainsburyというスーパーがあります。

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さて、現在のロイズのビルは英国の著名建築家リチャード・ロジャースが設計したもので1986年に完成しました。写真にある通り近代的かつガラスとパイプを多用したコンビナート的な造形で有名で、空調のパイプやダクト関連は全て基本的に外に出し、メンテナンスをしやすくしてあります。ロイズのビルに入ったことのある方はご理解頂けると思いますが、誤解を恐れずに言うとロイズは保険の築地市場というイメージです。広い吹き抜けのビルで真ん中にエスカレーターがある以外1階の全フロアが見渡せるように設計されていて、正に市場そのものです。ロイズは96のシンジケート(築地市場でいう卸売店に相当)からなっていて、それぞれが独立採算で保険を引き受けています。各シンジケートは看板を掲げてブースを設け、ブローカーが保険の見積りや引き受けを依頼するために来るのを待ち受けています。ブローカーはお客さんの案件をもってそれぞれのブースを回るのですが、分厚い書類を抱えて、シンジケートのブースにいる保険引受人(保険をどういう条件で、保険料はいくらでどれ位引き受けるかを決定する)との商談のために列をなしたり、所狭しと歩き回ったりしている様子は、築地で小売りや料理屋さんが仕入れているのと変わりません。もちろん、システム化が進み引き受けに必要な資料は電子ファイルでやり取りされており、理屈の上では全てを電子的に処理することが可能ではないかと思うのですが、引き受け手続き(確認印や署名など)は、依然として紙で行われていて、ブローカーが書類を抱えて歩き回っています。

図3

96のシンジケートが勝手に自分の基準でビジネスをすると対外的な信用や効率の問題があるので、ロイズとしての共通のブランド価値を向上し、事務の効率性を高めるためCorporation of Lloyd'sという会社を設立し、運営をしています。引受方針やリスク選好などは基本的に各シンジケートに委ねられていますが、ロイズの信用を維持するため各シンジケートの経営計画は精査され、不適切と判断すれば内容の変更も強制するといった形で規律が保たれています。このような仕組みは、過去の歴史や経験から学び作り上げられたものです。ロイズは、新たなリスクを引き受ける先進性を持っていると同時に、いわゆる男性優位の古びた社会であったのはそれ程昔のことではありません。しかし、現在はCorporation of Lloyd'sのCEOがInga Bealeさんという女性であることに象徴されるように、女性の進出は当たり前になっています。

損害保険業界では保険引受人のことをUnderwriterと言い、保険の引き受けをすることをunderwriteすると言ったりします。これは、保険契約について保険を引き受ける証として保険引受人がSlipと称する書類の下(under)に署名をした(write)のでunderwriteと言われるようになったとのことです。なお、高額な保険の場合は一つのシンジケートだけで引き受けきれないので複数のシンジケートに引き受けてもらいます。ブローカーは、最初に一番多く引き受けをしてくれそうなシンジケートに行き、例えば45%引き受けてもらったとすると、次のシンジケートには30%、その次は15%、更に10%といったように残りを他のシンジケートに引き受けてもらいます。その際、各シンジケートの保険引受人は署名をするとともに、シンジケートの印(stamp)を押印し、引き受けの証とします。

ちなみに、東京海上グループは2008年にロイズのキルン(Kiln)社を買収し、ロイズに参入し、現在はTokio Marine Kilnとして4つのシンジケートを運営しています。

執筆者研究所長 多賀谷 晴敏